Diary 写メ日記の詳細
「本当にあの人いい人だよね」
「いい奴だから俺は仲良くしてる」
果たしてこれは褒め言葉なのでしょうか。
僕は違うと思っています。
いい奴という言葉はときにその人にとって都合のいい人間と言っているようにも聞こえます。
ここからはあくまで僕の主観です。
すべてが正しいとは思っていませんが少しお話をさせてください。
まず、都合のいい人間とはどんな人なのか...
僕はそれを
【自分を気持ちよくさせてくれる人】
だと思っています。
学生時代にもよく見かけました。
相手の顔色を伺いながら、
褒めることだけを続ける人。
言われている側は当然気持ちがいい。
決まってこんな言葉を口にします。
「こいつ、いい奴だから仲良いんだよね」
でも裏を返せばこの言葉はとても残酷だと僕は思います。
その人にとって「いい奴」でなくなった瞬間に
その関係は終わってしまうのではないか。
さらに恐ろしいのは顔色を伺っている側も仲がいいと思い込んでしまうことです。
時間が経つにつれてその関係性は当たり前になり、やがて親友だと錯覚してしまう。
けれど、僕の中で親友とは対等な関係です。
先ほどの関係は本当に対等と言えるのでしょうか。
僕はそうは思いません。
確かに「いい奴」を演じれば関係を築くのは簡単です。
でも、簡単に作れた関係は驚くほど脆い。
一度でも「いい奴」を演じてしまうと、
そこから本当の親友になるのは難しい。
人は無意識に防衛本能が働き、
居心地のいい環境を選び続けるからです。
やがて要求は増え、扱いは雑になる。
そして「いい奴」が耐えきれず、
いつもと違う行動を取った瞬間にその関係は崩れてしまう。
僕は幼い頃、両親からこんなことを教えられました。
「友達100人できるかな」って歌はあるけど100人も必要ないんだよ。
100人の友達がいる人より、1人の“朋達”がいる方がよっぽど価値がある。
これはあえて漢字を変えています。
友達の「友」は一緒にいて楽しいフラットな関係。
朋達の「朋」は深く対等で分かり合える関係。
誤解してほしくないのは、
「友」という漢字もとても素敵だということ。
ただ、朋達の方がほんの少し深いというだけです。
いつ切れてもおかしくない関係より、
何かあっても簡単には変わらない関係がたった一人でもいたら僕は幸せです。
でも、欲張りなのでそんな関係の人がもっと欲しいとも思ってしまいます。
ここまで読んでくださったみなさん、
本当にありがとうございました。
これは幼い頃に両親から教えられた言葉を
どうしても伝えたくて書いた文章です。
何度も言いますが、僕の考えが正しいとは思っていません。
ただ、もし今「いい奴」を演じて無理をしている人がいたら、少しでも共感してもらえたら嬉しいです。
