Diary 写メ日記の詳細
いざ、リベンジ。
『アイドルとして崇めるのではなく、
同じ人間として対等に向き合う』
そう心に強く決めて、
私は重い扉の向こう側へと足を踏み入れた。
「届け、今届け〜♪」
ステージから響き渡る声は、
どうやら曲の終盤に差し掛かっているようだ。
BGMのボリュームが一気に上がり、
色とりどりのライトが激しく会場を照らし出す。
私はその場に立ち止まり、
じっと彼のパフォーマンスを見つめていた。
(今から、あの人と対面するんだ…)
もちろん、
怖気付く気持ちがゼロになったわけじゃない。
しかし、「対等に向き合う」と
心に一本の軸を通したおかげで、
前回とは違い、不思議なほど冷静に
彼を観察することができていた。
「ラララ〜♪」
曲が終わる。
静まり返った会場の中を、
ステージ上の彼がスタスタと軽やかな足取りで
私へと近づいてきた。
「やぁ、君が噂のシブちゃんだね」
「よくご存知で。…ところで、あなたは?」
前回はこの時点で「あっ、はい…」と
ドギマギして完全に呑まれていたけれど、
今回はすっと切り返せた。
ちゃんと会話の主導権を手放さずに、
冷静さを保てている。
「僕は花宮結(はなみや ゆい)って言うんだ、
よろしくね」
(花宮結! やっと名前が聞けた…!)
「結くんか。すごく綺麗な名前!
こちらこそよろしくね!」
名前を直接知ることができただけで、
雲の上の存在から一気に距離が縮まった気がする。
勝手に張り詰めていた緊張がほどけ、
心の中にふっと余裕が生まれた。
けれど。
「じゃあ、始めようね」
お馴染みの台詞とともに、
間髪入れずに奪われるキス。
やっぱりこのいきなりのキスは
デフォルト装備らしい。
少し生まれたはずの心の余裕が、
一瞬でグラリと大きく揺らいでしまう。
(あっぶな! でも、まだ…!)
唇が離れた瞬間、思わず本音が漏れてしまう。
「ふぅ…耐えてるわ、私」
当然、至近距離にいた
花宮結の耳に届かないはずがない。
「耐えてる…って、何?」
きょとんと小首をかしげる花宮結。
「き、気にしないで…!」
「そっか。じゃあ、続きを」
そう微笑みながら、
相変わらず爽やかな見た目とは裏腹な、
濃厚で甘やかすようなスキンシップが再開。
息をつく暇もない猛攻は、
正直言ってめちゃくちゃキツい。
しかも厄介なのは、
ただ責め立てるだけじゃなく、
私の表情や息遣いを細かく見ながら
「苦しくない?」と本気で気遣ってくること。
この底なしの優しさに
一度でも甘えて身を委ねてしまったら、
その瞬間にゲームオーバー。
確実にデレてしまう。
「結くんって…本当に優しいよね」
必死に言葉を絞り出し、
会話で時間を稼ごうと試みる。
しかし、返ってきたのは
あまりにも無自覚な殺し文句だった。
「僕は何も特別なことはしてないよ。
だって当たり前でしょ?
目の前の女の子を気遣うのは」
(何という謙虚さ!
そんなところまで素敵とか、
もう好きになっちゃいそうなんだけど…!)
抗えない優しさの波に呑まれて、
私の理性が決壊しかける。
(あぁ…もう。
デレちゃってもいいかな、このまま…)
すべてを諦めて目を閉じかけた、
まさにその時だった。
部屋中に、終了チャイムが高らかに鳴り響く。
「あれ……?」
花宮結は予想外だったのか、
唇に指を当ててきょとんとした顔をしている。
「はぁぁ、ギ、ギリギリだったぁ!」
私の口からは、
魂の抜けたような安堵のため息がこぼれる。
花宮結はその私の情けない表情を見て、
ほっと安心したように目元を緩めると、
満面の笑みで言った。
「楽しんでもらえたみたいで嬉しいよ」
(最後の最後まで…どこまでスマートなのよ!)
全身を駆け巡る激しいドキドキを
なんとか胸の奥に押し込めながら、
シブは火照る頬を冷ましつつ、
次なる階層へと足を進めるのであった。