Diary 写メ日記の詳細
こんにちは!CATの西島です。
「自分は性格が悪い」と自覚してる人より、
個人的に厄介だなと思うのが、自分のことを本気で「いい人間」だと思い込んでる人。
もちろん、本当にいい人もたくさんいます。
でも中には、
「私はあなたのためを思って言ってる」
「心配だから教えてあげる」
「あなたが傷つかないように」
そんな善意っぽい言葉を使いながら、実際には自分の好き嫌いや都合を相手に押し付けている人もいます。
例えば、
「〇〇ちゃんとは絡まない方がいいよ」
「〇〇くんって実はこういう人だから気をつけて」
「あの人、みんなから嫌われてるよ」
一見すると、親切に忠告してくれているようにも見えます。
でも、よく考えてみると不思議です。
少なくとも、その〇〇ちゃんはあなたのことを悪く言ってないんですよね。
だとしたら現時点では、人を下げて自分の思い通りに誘導しようとしている側より、何も言ってない〇〇ちゃんの方がよっぽどいい人に見えるのは西島だけでしょうか。
面白いのが、こういう人って自分が悪口を言っている感覚すらないことがあります。
本人の脳内では、
悪口→「忠告」
嫉妬→「心配」
嫌い→「危険人物だから教えてあげてる」
仲間外れ→「あなたを守ってる」
みたいに変換されている。
だから本人は本気で、「私は人のために動けるいい人」だと思っていたりする。
これが厄介。
自分が嫌いだから嫌いと言う人の方が、まだ分かりやすいんです。
「私はあの人が嫌い。だから関わりたくない」これならただの好き嫌いです。
でも、「私は別に嫌いじゃないんだけど、あなたのためを思って〜」という形にすると、自分の悪意や嫉妬を直視しなくて済む。
さらに厄介なのが、「みんな言ってるよ」という謎の巨大組織が突然登場するパターン笑
その「みんな」って誰なんでしょう。
3人?
10人?
国民投票でもしたのか…
結局、「自分が気に入らない」と 「その人が悪い人間」は全く別の話。
ここを混同すると、自分の感情を「正義」に変換し始めます。
そして正義に変換した瞬間、人は自分の攻撃性に気づきにくくなる。
「私は悪口を言ってるんじゃない」
「私はみんなのために言ってる」
「私はあの人の本性を知ってるだけ」
そうやって自分の中で理由を作れば、何を言っても自分だけはいい人でいられる。
だから僕は、「自分はいい人間です」と思っている人より、「俺も普通に性格悪いところあるよ」くらいの人の方が信用できます。
少なくとも、自分の中にも嫉妬や悪意や好き嫌いがあることを認識しているから。
人間なんて、そんな綺麗なものじゃないです。
誰かを嫌いになることもあるし、
嫉妬することもあるし、
悪く言いたくなる瞬間だってある。
それ自体は別に普通。
ただ、それを「あなたのため」 「みんなのため」 「親切で教えてあげてる」と綺麗な包装紙で包んだ瞬間、急にややこしくなる。
ちなみに西島は、
「嫌いだから嫌い」
「ムカつくからムカつく」
くらい素直に言ってる人の方が好きです。
少なくとも、他人を下げながら自分だけ「いい人」の席に座ろうとはしてないからね。
そして最後に。
もし誰かから、「〇〇とは関わらない方がいいよ」と言われたら、その〇〇さんを見るんじゃなくて、
わざわざそれを自分に言ってきた人を観察してみましょう。
そっちを見た方が、その人がどんな人か分かります。
因みに西島は自分の性格は悪いと自覚している側です。