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【「友情って、結局『利害の一致』じゃない?」】
西島勝利 2026.09.21
【「友情って、結局『利害の一致』じゃない?」】

こんばんは。友達ゼロの西島です。


まず、僕は仕事以上に大切なことなどこの世に何一つないと思っています。


なので、友達と過ごす時間なんて人生においてなんの意味も無い。とすら思ってしまっています。


そんな西島が今日は「友情」について語りたいと思います。


西島は昔から、友情って結局「利害の一致」でしか成り立たないんじゃないかと思っています。


こう言うと、


「友達に損得なんて求めてない」


「見返りを求めないのが本当の友情でしょ」


と思う人もいるかもしれない。


でも、ここで言う「利害」は、お金や仕事だけの話ではありません。


一緒にいて楽しい。


話が合う。


相談に乗ってくれる。


自分を理解してくれる。


孤独を感じなくて済む。


これも広い意味では、自分にとっての「利益」だと思うんです。


逆に、


一緒にいても楽しくない。


価値観も合わない。


信用もできない。


会うたびにストレスが溜まる。


それでも友達でい続ける理由って何なんでしょう?


たぶん、多くの人は少しずつ疎遠になると思います。


だとしたら友情って、「何も求めていない関係」ではなく、「お互いが求めているものを、自然に与え合えている関係」なんじゃないかと思う。


ただ、一つ疑問もあります。


自分に何のメリットもなくなった友達が困っている時、それでも助ける人は何なんだろう。


時間も、お金も、体力も失う。


それでも「こいつだから助ける」と思えることが、西島には無いが世間には確かにある。


それは「利害を超えた友情」なのか。


それとも、


助けない自分ではいたくない。


恩を返したい。


大切な人に幸せでいてほしい。


そんな自分の感情が満たされるという意味では、結局これも「利害」なのか。


ここまで考えると、そもそも「利害」という言葉をどこまで広く捉えるかの問題なのかもしれません。


そしてこれ、女風にも少し似ていると思うんです。


女風は、お金を払ってサービスを受ける。


友情よりずっと分かりやすい利害関係です。


でも、そこで求めているものはお金やサービスだけではない。


癒やされたい。


甘えたい。


安心したい。


話を聞いてほしい。


女性として扱われたい。


日常では得られない時間を過ごしたい。


セラピスト側も仕事として対価を受け取る一方で、人と人として笑ったり、相手を知ったり、関係を積み重ねていく。


もちろん、友情と女風は同じではありません。


女風には料金があり、サービスとしての線引きがあり、仕事としての責任がある。


ただ、「お金が介在しているから全部偽物」とも西島は思いません。


友情だって、楽しいから会う。


安心できるから連絡する。


理解してくれるから大切にする。


つまり形は違っても、「自分が求めているものを相手が与えてくれる」という部分では、意外と似ている。


むしろ利害関係であること自体は、悪いことではないと思います。


「あなたといることが、自分にとってプラスだから一緒にいる」


これって、かなり健全な関係だと思うんです。


お金だけを利害と呼ぶなら、女風は利害で友情は違う。


でも、安心や楽しさ、癒やしや承認まで「利」に含めるなら、友情も女風も利害の一致によって成り立っている。


その一致している時間を僕たちは、


友情だったり、


癒やしだったり、


愛情だったり、


特別な時間だったりと呼んでいるだけなのかなと勝手に思っています。


そして、西島には理解できない問題が一つあります。


本当に何一つ自分に返ってこなくても、相手のためだけに何かをし続けられる関係が存在するとしたら?


それは「友情」なのか。


それとも「愛」なのか。


皆さんにとって、


友情とは何ですか?


教えてください…

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