Diary 写メ日記の詳細
こんばんは!CATオーナーの西島です。
今年のハロウィンはクルエラになってみました。
我ながら、独学ぶっつけ本番にしてはなかなかの仕上がりじゃないでしょうか。
ところで皆さん、ディズニーの悪役って好きですか?
西島は昔から、主人公よりも悪役の方が圧倒的に好きです。
好きすぎて怪獣になりたいと本気で思っていたくらいです。
もちろん、悪事を肯定しているわけではありません。
ただ、悪役には悪役なりの信念や美学があって、必ずしも本人が自分を悪だと思っているわけではないんですよね。
今日はそんな「正義と悪」についてのお話です。
正義と悪は誰が決めるのか?
例えば、ある人から見れば最低な人間でも、別の誰かから見れば最高の人間だったりする。
誰かのクズピはなんとかってやつですね。
誰かにとっての恩人が、別の誰かにとっては許せない存在だったりする。
これって不思議なことでも何でもなくて、人はそれぞれ違う価値観や立場で物事を判断しているからなので普通のこと。
自分が正しいと思っていることが、相手にとっても正しいとは限らない。
そして厄介なのが、人間は自分のことを悪者だと思って行動しているケースの方が少ないということ。
僕は悪役になりたいけど社会が許してくれない。
みんな自分なりの正義があるからこそ、相手と衝突することもあるんじゃないでしょうか。
僕は社会とずっと冷戦してます。
この業界にも正義はたくさんあります。
例えば、セラピストとお客様。
セラピストは「お客様に依存してほしくない」と考えて、一定の距離を保とうとする。
一方、お客様は「お金を払っているんだから、もう少し特別に接してほしい」と考える。
どちらにも言い分がありますよね。
あるいは、オーナーとセラピスト。
オーナーはお店全体の利益や信用を考えてルールを作る。
でもセラピストからすれば、そのルールが自分の自由を奪うものに感じることもある。
これも立場が変われば見え方が変わる話です。
もちろん、だからといって何をしても許されるわけではありません。
ただ、自分と意見が違うという理由だけで、相手を悪者にしてしまうのはやりすぎだし、
明らかにその人にとっては悪者だったとしても関係ない人まで巻き込んで世界最強の悪者に仕立て上げる必要は無い。
だからと言って悪者なのに悪者じゃ無いよーって嘘つくのももちろん良く無いですよね。
具体的な何かが無くとも基本的に全員にとってのいい人にはなれないのがこの社会。
西島自身、昔は人の顔色を伺って生きていた時期もありました。
できるだけ嫌われたくない。
誰とも揉めたくない。
みんなにいい人だと思われたい。
でも、ある時思いました。
全員にとってのいい人になろうとすると、誰に対しても自分の本音を言えなくなる。
誰かの期待に応えれば、別の誰かの期待を裏切ることもある。
自分の信念を貫けば、それを気に入らない人も出てくる。
だったら、全員に好かれることを目指すより、自分が納得できる生き方をした方がいいんじゃないかと。
ただし、ここで勘違いしてはいけないのが、嫌われることと正しいことは別だということ。
嫌われても信念を貫く人がかっこいいのであって、単に周囲に迷惑をかける人がかっこいいわけではありません。
西島が思う悪役の魅力って、昔は見た目が好きでした。
ぐちゃぐちゃなグロテスクで一目で形態が把握出来ないくらいの方が好きでした。
そして、年齢を重ねて自分の欲望に素直だったり、他人の評価に振り回されなかったり、独自の美学を持っていたり、そんなところも魅力だなぁと思うようになりました。
もちろん、現実でそれをやりすぎたらただのやべぇ奴です。
でも、周囲に合わせることばかりを優先して、自分の個性を失ってしまうのも少し寂しい気がします。
万人受けする人が必ずしも魅力的とは限らない。
むしろ、好き嫌いが分かれるくらい個性の強い人の方が、誰かにとっては唯一無二の存在になることもあるんじゃないかなと思っています。
人間関係において、自分が誰かの悪役になってしまうことは避けられないと思っています。
だからといって、開き直って好き勝手に生きればいいという話でもありません。
大切なのは、相手の正義も理解しようとすること。
そのうえで、自分の信念まで簡単に曲げないこと。
誰かの物語で悪役になったとしても、自分の人生の主人公であることまで放棄する必要はない。
西島はそう思っています。
ちなみに今回のクルエラ。
見た目は完全に悪役ですが、中身はいつも通りの西島です。
……?
それではまた!