Diary 写メ日記の詳細
こんにちは。CATの西島です。
突然ですが、究極の二択です。
自分はめちゃくちゃ不細工。 でも彼女は誰もが振り返るレベルの美人。
それとも、自分は誰もが認めるイケメン。 でも彼女は世間一般でいうところの不細工。
どちらかしか選べないとしたら、皆さんはどっちを選びますか?
これ、男性同士で話していても意外と意見が分かれます。
「いや、絶対彼女が美人な方がいいでしょ」
という人もいれば、「自分が不細工なのは耐えられない」という人もいる。
ちなみに西島は圧倒的に後者です。
相手の容姿より、自分の容姿の方が大切です。
もちろん現実には人間の魅力なんて容姿だけではありません。
性格もある。
価値観もある。
一緒にいて楽しいかもある。
ただ今回の話は、あえて「容姿だけ」で考えた場合です。なぜ僕が自分の容姿を選ぶのか。
単純に、自分の顔は毎日、自分の人生についてくるから。彼女がどれだけ美人でも、その美しさは彼女のものです。周りから、「西島の彼女めちゃくちゃ美人じゃん!」
と言われたところで、僕自身がイケメンになるわけではありません。
それなら鏡を見た時に、「今日も俺、悪くないな」と思える方が僕はいい。
結局、人生で一番長く付き合う異性は彼女でも奥さんでもない。
一番長く付き合う人間は自分です。
だから僕は、自分自身を好きでいられることの方が重要だと思っています。
そして、これって女風にも少し似ていると思うんです。
女風を利用する時、
「こんなイケメンに抱かれた」
「人気セラピストに会えた」
「予約困難な人に選んでもらえた」
もちろん、それも楽しみ方の一つです。
でも僕が女風で本当に価値があると思っているのは、誰と会ったかより、その人と会った時の自分を好きになれるかです。
普段より少し女性らしくなれた。
いつもより素直になれた。
鏡を見て、「今日の私、なんかいいかも」と思えた。
自分でも知らなかった表情を引き出してもらえた。
帰り道、なんとなく背筋を伸ばして歩きたくなった。
こっちの方が、ずっと大切だと思うんですよね。
セラピストがどれだけイケメンでも、その横にいることで自分に自信がなくなったり、他のお客様と比較してしまったり、「私なんかが会っていいのかな」
と思ってしまうなら、少しもったいない。
逆に、その人といることで、自分のことを少し好きになれる。
そんなセラピストなら、顔が好みかどうか以上の価値があるのかもしれません。
僕自身もセラピストとして、「西島さんカッコよかった」と言われるのは当然嬉しいです。
でも、「西島さんといる時の自分が好き」と言われた方が、たぶん何倍も嬉しい。
なぜなら前者は僕への評価だけど、
後者は二人で過ごした時間への評価だからです。
美人な彼女を連れて歩く。
イケメンな彼氏を連れて歩く。
人気セラピストと会う。
それで得られる満足感もあるでしょう。
でも、他人の魅力を借りて自分の価値を確認するより、自分自身の価値を自分で感じられる方が強い。
だから究極の二択なら、僕は彼女が美人であることより、自分が美しくあることを選びます。
そして女風でも、「素敵なセラピストに会った」で終わるより、「素敵な自分に会えた」で帰ってもらえる方がいい。
たぶん僕がこの仕事で提供したいものって、結局そこなんだと思います。
……まあでも、自分もイケメンで彼女も美人が選べるなら、普通にそれを選びます。